自己紹介

初めまして、Rioと申します。簡単に自己紹介させて頂くと
平成元年生まれで大学卒業後に日系大手メーカーに新卒で入社

⇒カナダ人と結婚⇒アメリカに3年弱駐在

⇒帰任後半年でメーカーを辞める⇒GAFAに転職

といった流れです。
以下に、学生時代から今に至った経緯をもう少し詳しめにご紹介させていただきたいと思います。
もし、興味を持って頂いた方はご一読頂けると幸いです。

学生時代

京都の大学_文系学部に入学。高校までは特に大きなチャレンジもすることなく、部活を人並みにやり、受験に苦労しない程度に勉強しといった感じでいわゆる普通の高校生。

いやー、今思えばマジで特徴のない高校生でした。。。
(共学の恩恵を受けることなく、彼女1人もできませんでしたし、、、)

逆にそれが自分のコンプレックスだったこともあり、大学入学時に「なんか普通じゃないことしたいな。。」と漠然と思っていました。
そんなこと思いながらを迎えた新歓の時期に、同郷で同じ大学に入学した友達から
「国際系のNPO団体があるらしいよ!なんか面白そうだから行ってみようぜ」と誘われました。
特に英語が話せるわけでもなく、志があったわけでもなかったのですが
“国際系”、”NPO”という響きにつられて入会しました。
なんとなくですが、海外/社会へ働きかける団体というワードが当時の自分にとっては挑戦だったんだと思います。
その活動の中で多くの海外の学生と協働する機会に恵まれたのですが、やっぱり英語が全くできなかった当時の私にとっては苦痛の連続でした。それでも活動自体には楽しみを感じていたので、英語からは遠ざかり、国際系の団体にも関わらず国内で完結するプロジェクトに大学3年生まで精を出していました。

就職活動

「安定した生活を送りたいからゆっくり/のんびりと働く」「英語はできないが海外に駐在はしてみたいからグローバルな事業基盤を持つ会社」というなんとも浅はかなキーワードをベースに就職活動を始めました。
もちろんこの程度の自己分析では何をやっても上手くいかず、就活の序盤は色々と苦戦しました。
(当時は、面接解禁の半年前くらいからインターンをやるトレンドだったのですが、私はほとんどインターンの選考面接に受かりませんでした)

その失敗の中で自分の本質を見つけられる自己分析方法を考え出し、
就職活動で求められる自分の見せ方や面接のコツ等を掴むことができました。
(もし上記内容にご興味がある方はコメントください!)

そのフレームワークと自分の見せ方のコツを掴んでから、ESを提出した企業へは全て最終面接まで行くことができました。
結果、とある日系大手メーカーから内定をいただくことができました。

大学4年生_海外インターンシップの挑戦

卒業に必要な単位も全部揃っていたので、内定後の約1年何をしようかと考えました。(4年生の4月上旬には内定もらってました)
アルバイト/資格の勉強/短期留学/世界一周/学問を深める/英会話/友達と遊びまくる等、様々な選択肢がありましたが、お金とモチベーションが追いつかずどれもピンときませんでした。そんな時海外の企業でインターンをしている知人から連絡があり、不意に彼を訪ねてみようと思い立ちました。数週間後彼が働いてる国へ行き、彼の現地で知り合った世界中のインターン生と一緒に食事する機会がありました。そこで衝撃的だったのが、日本では英語ができなかった彼が、場を英語で盛り上げ、楽しそうにコミュニケーションを取っていたのです。
(ちなみに私は英語が話せず?お通夜状態)

その時シンプルに「彼のようなグローバル人材になりたい!」と漠然と思うようになりました。
彼を目標に自分も海外インターシップに挑戦し、グローバルな感性やコミュニケーションスキルを身につけたいと思いました。

月収5万円でタイの企業で働きはじめる

とある海外インターシッププログラムに申し込み、語学力に難ありという評価でしたが何とか合格。
そして運よく自分の希望にあった期間で受け入れをしてくれる企業がタイで見つかり、大学4年生の中頃にタイへ渡りました。
最初の1ヶ月何より困ったことが言語でした。オフィスで英語を話せる従業員は数えられる程。
且つクライアントとのコミュニケーションもタイ語が求められ、インターン先のビジネス/オペレーションの勉強をしながら、タイ語を習得するのに必死でした。

タイ語学校へは週3で通い、最初の1か月はタイ語を勉強するためにインターンしてるのでは?と自分何してるんだろう感が凄かったです。
もちろん、語学学校だけでは話せるようにはならないので
教科書握りしめてニューハーフのお姉さんがやっているBarでタイ語を練習しました。。。
(一応言っておくと、観光客向けのところではなく、半路上でやっているような安いBarです。当時はマジで貧乏だったので泣)

不思議なもので数ヶ月後には片言の英語とタイ語で仕事が回るようになり、仕事に楽しみを感じ始めました。
この時学んだ、貿易関連の知識やタイ人上司から学んだビジネスでの交渉力は今の仕事にも活きています。

日本で就職。そしてグローバルマーケティング部門に配属される。

タイからの帰国後東京で正式に就職し、配属はマーケティング部隊でした。それもグローバル。配属されてから鬼のように設定される海外のマーケティング/販売部隊との会議に全く付いていけず、タイで得た小さい自信は一瞬で吹き飛びました。

最初は英語が分からないから会議や業務についていけていないかと思いました。しかし、数ヶ月経つと日本語の会議でも何を言っているのか分からないことに気づきました。そこから「マーケティング」「英語」に力を入れて自己啓発をすることに決め、マーケティングについては書籍/セミナー等から、英語についてはTOEICの勉強/英会話教室から自己啓発に励むことにしました。

この時期にでTraditionalな教科書通りのマーケティングを一通り勉強できたのは大きかったです。

アメリカにある北米本社へ赴任、ついでにMBAにも挑戦

日本で約4年働いた後、勤め先の北米本社へマーケティング担当者として赴任させていただく機会を頂き渡米。
商品企画/デジタルマーケティング/小売/新規事業等幅広く担当/勉強させてもらいました。
特に、当時アメリカで進んでいたデジタルマーケティングをアメリカ人から学べたのは大きかったです。
今までTraditionalの教科書通りのマーケティングしか知らなかった自分にとっては衝撃の連続。

また、アメリカの大学のMBAプログラムにも入学することができ、
アメリカ人との学生とのディスカッションに苦労しながらもなんとか卒業。
(仕事との両立は大変でしたが、何とかやり切りました。)

そんな中、やっと自分のやりたい事が見つかり、なんとなく自分の人生の目的が見え始めました。

日本へ帰国し外資系会社_GAFAへ転職

帰国後は同じ会社で数カ月働いたものの、
自分がやりたい仕事や目指したい人材像と置かれている環境を考えた時にあまりにもGapがありました。
(正直、自分が成長できる可能性をあまり感じられなかったです。)

そんな時にGAFAのとある企業を受けてみないかとお誘いを受けました。
一瞬悩みましたが、自分を変える良いチャンスと思い受けてみることを決意。
面接は相当厳しいもので、正直今でもなぜ自分が合格できたのかわからないくらいボコボコにされました。
が、何とか合格。。(今でも奇跡だと思っています。)

このブログを書いている時点で、入社して約1年たっております。

一旦、大きな流れは以上です。
もし、気になる点があればコメント欄でどんどん教えてください!記事にして発信させて頂ければと思います!