日本人は恥ずかしい「笑っていけない」を観てアメリカ人がブーイングの訳

日本人は恥ずかしい「笑っていけない」を観てアメリカ人がブーイングの訳

昨年末、放送されたガキの使いあらへんでの「絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!」は毎年のごとく大きな反響を呼び、今年も紅白の裏番組として十分役割を担ったのではないでしょうか。そんな中、番組内で海外の人から見て、少し問題のあるシーンがあったように感じます。
それは浜田雅功が恒例の扮装を行なったのですがそのコンセプトがまずかったようです。実際にそれが外国人からクレームがでているようです。問題となっているのは、笑ってはいけないでダウンタウンの浜田が扮装した「エディー・マーフィー」主演のビバリーヒルズ・コップ風の変装です。

番組の演出上、警官にコスプレするという内容でしたが、何故か浜田だけは黒人の設定というシュールな展開に番組内では常に笑いをとるという異例の事態。笑ってはいけない、にも関わらず、浜田がいるだけで笑えてしまうというハンデもあり、メンバーからは「着替えて下さい」と要望があり、その後いつものスタイルに着替え直しました。
しかしこの演出が、黒人外国人から見てあまり面白いものと感じないようで「黒人差別」であると捉える人もいるようです。実際に私と一緒に今年の「笑ってはいけない」を観ていたアメリカ人も「これは日本人恥ずかしいことをしている」「アメリカだったら絶対ありえない」等の厳しいコメントもしていました。
ネット上ではハッシュタグ「#StopBlackFaceJapan」という物も生まれ、今後この認識が世界に広がっていく可能性が高まってきました。

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国際社会の常識がピンとこない日本人

アメリカに住んでいるからなのかもしれませんが、日本人の私から見ても今回の演出には絶句しました。

なぜならば、今回の演出がただ変装をすることが目的ではなく、黒人に変装をして笑いを取ることが目的だと感じたからです。

アメリカであれば完全にOutです。

もちろん、演出側には肌の色を差別的に使うという意図はないでしょうし、視聴者側も肌の色が黒いから笑うのではなく浜ちゃんがエディー・マーフィーに変装していることが面白いから笑うのだと思います。
しかし、多人種国家の多い欧米諸国ではマスメディアに限らず全ての場面で人種を強調した演出/行為/表現/発言はタブーです。

例えば、アメリカでは企業に入社する時に交わされる契約内容にも「体型、人種、宗教等を基にした差別的発言/行為をした場合は解雇」となっています。
つまり「一般常識」として人種の違いを強調する行為は、海外ではご法度であり、あり得ない行為なのです。

ここで、よくある日本人的な反論が

じゃあ、なぜ白人に変装する芸人は許されるのか?あれは許されてじゃなくて、なぜ今回はダメなの?

そうやって優劣を作っていることがそもそも差別では?」 等です。

それらの問いに対する個人的な意見は、「白人と黒人では辿ってきた歴史が全く違うから」です。

人種で優劣をつけていた歴史があったからこそ、もう同じ過ちを繰り返さないようにすることが差別を排除することの本質だと思っています。

今回の番組制作側が差別する意図はなくとも、視聴者によっては歴史上で実際に起こった”序列”を彷彿とさせることがあるから問題なのです。

国際感覚の欠如が生む問題

単一民族国家の日本国民に対してこの感覚を見につけろ/理解しろというのは正直難しいかもしれません。

実際に私もアメリカに来るまでは、ピンときませんでした。

実際に自分が人種差別をされ、また人種差別の現場に遭遇して初めて理解できました。

人種という自分が生まれもた変えることができない要素を否定された時に、初めてその悔しさや惨さを理解するのだと思います。

例えば、日本人が海外の映画、ドラマ、TV番組、ニュース等でどのように表現されているかご存知でしょうか?

機会があればぜひ注目してみてください。恐らく、「あ、日本/日本人を真似てる!」では済まないと思います。

 

また、東京オリンピックが2年後に控えラグビーのW杯は来年です。様々な人種/国籍/バックグラウンドを持つアスリートが一同に介するスポーツイベント。日本人が今回のように「ブラックフェイスは差別でなく変装である」というスタンスをオリンピックでも貫いてしまうと、国際社会から非難され相手にされなくなるでしょう。
大きな国際イベントを控えている今、今回の件で日本人が国際社会の一員であるという自覚を持つ人が一人でも増えるといいなと思いました。

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